認知症関連

アルツハイマー病に先立つ20年間のバイオマーカーの変化

投稿日:2024年4月11日 更新日:

 

中国の研究者グループが20年以上にわたってアルツハイマー病(以下AD)のバイオマーカーを追いました。AD患者と正常者の比較において、どこにどのような順序とタイミングで乖離が現れるかという研究です。今回はこのことについて触れたいと思います。ブログとしては硬すぎるし、また、浅学菲才の身には、専門的過ぎて皆様に分かり易くお伝えできるかどうか自信は全くありません。ただADへのスタート・兆候が、世に言われているようにいかに早くから始まっているかを少しでもお伝えできれば幸いです。

 

「ADに罹患される方は、15~20年前からすでに始まっているといわれています。いくつかあるバイオマーカーが、発症するまでどのような順番で生じるか、どのようなタイミングで変化が出てくるのかを解明した研究のご紹介です。(バイオマーカーとは、ある疾患の有無、病状の変化・進行状態を示す目安となる生理学的指標のことです。生物指標化合物ともいいます。)検査開始時において認知機能正常であった人が、約20年の期間の最後の評価時点でADと診断される人と、その時点でも認知機能正常者と判断された人の乖離は、脳脊髄液(CSF)マーカーと脳画像マーカーにおいて、かなり前から乖離が始まっていることがあらためて確認されたということです。」

 

この研究は、医学雑誌の中でも特に権威のある「N Engl J Med. 2024 Feb 22;390(8):712-722.」に掲載されたものです。

 

この研究は、認知機能正常者45歳から65歳1789人(中国人)を対象に2000年6月から2020年12月まで、2-3年間隔で脳脊髄液検査、認知機能検査、頭部MRI検査を実施したものです。最終的に認知機能正常者は1094人、ADと診断された人は648人でした。AD648人と、年齢、性別、学歴において合致するような認知機能正常の648人が抽出され、両群の間の比較研究がなされました。またこの研究では、家族性AD(遺伝的にADになりやすい家系の人)は含まれておらず、孤発性ADの発症に関わるバイオマーカーの推移を調べています。(実はAD患者の大部分は孤発性です)。

 

アミロイドベータ42とアミロイドベータ40

アミロイドベータは脳内で生成され、ADの脳組織学的特徴とされる老人斑の大部分を占める物質だと考えられています。脳の中には長さの異なる分子種が存在し、アミロイドベータ42とアミロイドベータ40は、主要な分子種です。脳脊髄液や血漿中のアミロイドベータ42は、ADでは低下をすること、および、アミロイドベータ42の値をアミロイドベータ40の値で割った「比」の低下が、脳内のアミロイドベータの蓄積や認知機能の低下と良く相関することが以前から知られていました。

 

今回の調査では、ADになる人の脳脊髄液中でのアミロイドベータ42/アミロイドベータ40比の低下は、14年前から始まっています。また脳脊髄液中のアミロイドベータ42の低下は18年前から始まっています。

 

リン酸化タウタンパク質の一つであるリン酸化タウ181

181番目のアミノ酸がリン酸化されたタウタンパク質は、p-tau 181と呼ばれます。神経細胞中のタウがリン酸化されることは軸索の崩壊に繋がります。脳内のp-tau 181が増加すると、脳脊髄液や血漿中のp-tau 181も増加することや、認知機能の低下とも相関することが以前から知られていました。

 

今回の調査では、ADになる人の脳脊髄液中のp-tau 181の増加は11年前から始まっています。

 

 

総タウ値

ADになる人の脳脊髄液中の総タウタンパクの増加は10年前に始まっています。

 

ニューロフィラメント軽鎖(Nf-L)値

Nf-Lは、神経細胞の中間径フィラメントの1種で、主として軸索に発現しています。神経細胞の軸索が変性するとNf-Lは血液や脳脊髄液に放出されます。

 

今回の調査では、ADになる人の脳脊髄液中のNf-Lの増加は9年前に始まっています。

 

 

海馬の体積

記憶の司令塔といわれる海馬は、大脳辺縁系に左右2つあります。記憶をつかさどる部位で、特に新しい記憶の貯蔵倉庫の役割と長期記憶の貯蔵倉庫である大脳皮質へ情報をつなげていく中期記憶を担っている器官です。

 

今回の調査では、ADになる人の海馬の体積の減少は8年前に始まっています。

 

 

臨床的認知機能尺度(CDR-SBスコア)

臨床的認知尺度は、認知症の重症度を判定するための評価指標の一つです。

記憶、見当識、判断力・問題解決、社会適応、家庭状況・興味・関心、介護状況の6つの評価項目を5段階に分類し(0点から3点)、総点を出します。点数が高いほど認知機能が低下していることになります。CDRの判定法については、目黒謙一先生「認知症早期発見のためのCDR判定ハンドブック」医学書院2008年から引用された公益財団法人長寿科学振興財団出版物「認知症の予防とケア」(2019年3月)から転載(URL)をご参照ください。

 

今回の調査では、ADになる人のCDR-SBスコアによる認知機能の低下は、6年前に始まっています。

参考 公益財団法人長寿科学振興財団 第3章 認知症の診断 4.認知機能検査

 

 

 

ADと診断された人において、上記のそれぞれのバイオマーカーは、診断よりかなり前から正常な人との乖離がみられることが判明し、その順番も示されました。遺伝的素因のない人でも、発病するかなり前から病態が進行していることが改めて明らかになりました。さらにこの研究では、認知機能試験のMMSE(注1)の点数が満点の30点から25-27点に下がっていく時期、言い換えればまだ認知症の手前である「軽度認知機能障害」にも入るか入らないかの時期までに、急速にこれら脳脊髄液バイオマーカーの値が変化することも確認されました。

 

まだ自分も周りも認知機能の低下に気が付いていない早い時期に、脳の中での異常は速足で始まっていることが示されたわけです。

(naka)

 

注1:MMSE::認知症のスクリーニング検査として国際的に最も活用されている認知機能検査。見当識(日時、場所)、記銘、計算、想起、呼称、復唱、三段階命令、読解、書字、構成の11項目で検査します。

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